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大津地方裁判所 平成10年(行ウ)1号 判決 1999年10月18日

主文

一  被告が、原告に対し、平成八年一〇月二九日付け(滋出第九三〇号)でした公文書非公開決定のうち、滋賀県警察本部警務部総務課の平成七年度の旅費の支出に係る支出負担行為兼支出命令決議書に関する部分について、「執行機関」欄、「年度 予算種別」欄、「決議番号 略科目等」欄、「会計」欄、「款 項 目 節 細節」欄、「相手方等」欄のうち「支出区分」、「支払内容」、「摘要」の各記録及び同課の平成七年度の懇談会費の支出に係る支出負担行為兼支出命令決議書に関する部分について、「起案」欄のうち「年月日」、「執行機関」欄、「年度 予算種別」欄、「決議番号 略科目等」欄、「会計」欄、「款 項 目 節 細節」欄、「支出負担行為支出命令日」欄、「支出負担行為支出命令額」欄、「支払期日」等欄のうち「支払期日」、「残額 目/事業」並びに「相手方等」欄のうち「支出区分」、「支払内容」の各記録を公開しないとした部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、原告に対して、平成八年一〇月二九日付け(滋出第九三〇号)でした「県警総務課の平成七年度の旅費・懇談会費の支出に関する一切の資料」の非公開決定処分を取り消す。

第二  争いのない事実等(括弧内に証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

一  「滋賀県公文書の公開等に関する条例」(昭和六二年滋賀県条例第三七号、以下「本件条例」という。)等の規定

1  本件条例一条は、本件条例の目的が、公文書の公開を求める権利を明らかにするとともに公文書の公開等の総合的な推進に関し必要な事項を定め、もって県民の県政への参加を一層促進し、より身近で開かれた県政の進展に寄与することを目的とする旨定める。

2  本件条例二条一項は、本件条例における実施機関を列挙し、その一つとして知事を掲げるが、公安委員会や県警察本部を掲げてない。

3  本件条例三条一項は、実施機関は、公文書の公開を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し運用するものとする旨定める。

4  本件条例四条は、滋賀県内に住所を有する者は公文書の公開を請求することができる旨定める。

5  本件条例六条三号は、「公開することにより、個人の生命、身体、財産等の保護、犯罪の予防または捜査その他公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報」が記録されている公文書については、その公開をしないものとする旨定める。

6  本件条例七条は、六条各号に該当する情報とそれ以外の情報が合わせて記録されている公文書について、各情報に係る部分を「容易に、かつ、請求の趣旨を損なわない程度に分離できるとき」は、同条の規定にかかわらず、公文書を公開しないものとする情報に係る部分を除いて、公文書を公開しなければならない旨定める。

7  本件条例一二条一項は、公文書の公開、非公開決定の決定について行政不服審査法の規定に基づき不服申立てがあった場合は、原則として速やかに滋賀県公文書公開審査会に諮問しなければならない旨定める。

8  本件条例の運用のため、「公文書公開の事務取扱要領」(昭和六三年六月九日制定、以下「事務取扱要領」という。)があり、同要領第三の三の(5)のイは、公文書の公開請求のあった情報が、実施機関でない県の機関から取得したものであるときは、必要に応じて当該関係機関等の意見を聴取するものとする旨定める。(以上、乙一)

二  滋賀県警察本部総務課における旅費・懇談会費の支出に係る事務処理について

1  滋賀県警察本部(以下、「県警本部」という。)の予算執行における支出負担行為及び支出命令を行う権限については、滋賀県財務規則(昭和五一年滋賀県規則第五六号。以下「県財務規則」という。)三条に基づき知事から滋賀県警察本部長(以下「県警本部長」という。)に委任されており、予算の執行伺いから支出命令の決議書作成等の予算執行に係る一連の事務は、県警本部長の権限と責任においてなされている。

2  そして、県警本部総務課(以下「県警総務課」という。)の旅費の支出は、旅行命令権をもつ所属長である総務課長が所属職員に対する旅行命令を行い、同課において旅費計算等を行った上、支出負担行為兼支出命令決議書(以下「決議書」という。)が作成され、決裁の上、県警本部長から出納機関である県出納長に対して送付され、支出命令が行われる。また、同課の懇談会費の支出は、同課において執行伺いがなされ、債権者の請求書に基づき県警本部会計課(以下「県警会計課」という。)において決議書が作成され、決裁の上、県警本部長から他の証拠書類とともに県出納長に対して送付され、支出命令が行われる。

3  県出納長は、地方自治法一七〇条一項に基づき、県の会計事務を司る権限を有しており、この事務を処理させるため同法一七一条六項に基づき定められた滋賀県行政組織規則五条一項及び二項により、県出納局出納課(以下「県出納課」という。)が設置されている。

県出納課では、警察本部長から支出命令のあった経費について、決議書及びその他の証拠書類により、歳出の会計年度・所属区分・予算科目・金額算定に誤りがないか、支出の内容が法令に違反していないかなどを審査し、当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認後、債権者に支払を行っている。

決議書は、正、副、控の三部複写となっているが、出納機関である県出納課には正、副、その他の証拠書類が回付され、右審査終了後、県財務規則一八八条に基づき、証拠書類等の編集及び保管等について定めた財務会計証拠書類等取扱要領により、決議書の正のみ県出納課において保管し、決議書の副、その他の証拠書類はすべて支出命令者(県警本部)において保管している。

三  本件に至る事実経過

1  原告は、滋賀県内に住所を有する者であり、本件条例四条に定める公開請求者である。

2  被告は、滋賀県知事であり、本件条例二条一項に定める実施機関である。

3  原告は、平成八年一〇月一五日、被告に対し、県警総務課の平成七年度の旅費・懇談会費の支出に関する一切の資料の公開を請求した(以下「本件公開請求」という。)。

4  被告は、本件公開の対象となり得べき公文書を「支出負担行為兼支出命令決議書」(以下「本件公文書」という。)と特定し、右文書が本件条例二条に定める「実施機関」から除かれる滋賀県公安委員会(県警本部)から取得し、保管しているものであることから、事務取扱要領第三の三の(5)のイの定めることにより、県警本部の意見を聴取した上、右文書は本件条例六条三号に該当するとして、同年一〇月二九日付けで非公開決定(以下「本件決定」という。)をし、その旨原告に通知した。

5  原告は、本件決定を不服として、同年一一月一五日、行政不服審査法六条(以下、「審査法」という。)に基づき、被告に対し、異議申立てをした。

被告は、同年一二月三日、本件条例一二条一項に基づき、滋賀県公文書公開審査会(以下「審査会」という。)に諮問した。審査会は、平成一〇年三月三一日付けで、被告に対し、「警察職員の氏名及び印影」、旅費の支出にあっては、「起案日」、「支出負担行為支出命令日」、「支出負担行為支出命令額」、「支払期日」、「残額」欄の額及び合計額、懇談会費の支出にあっては、「支払方法」欄の債権者の取引金融機関コード、金融機関名、預金種目、口座番号及び口座名義を除き、部分公開を妥当とする答申をした。

6  被告は、審査法二四条に基づき、県警本部長を利害関係人として当該異議申立てに参加することを求め、同法三〇条に基づき、県警本部の意見を聴取した上で、同年五月二五日付けで、本件条例六条三号該当を理由として、原告の異議申立てを棄却し、その旨原告に通知した。

四  本件公文書の記載内容等について

1  本件公文書は、県財務規則に定められた様式第三三号に基づくものであって、同文書の各欄には以下のような記載がある。

(一) 「命令機関」欄には、決裁権者である会計課長始め会計課員の私印が押印されている。

(二) 「合議先」欄には、旅費についてのみ、総務課員の私印が押印されている。

(三) 「起案」欄には、決議書の作成年月日(起案日)、作成者(起案者)の所属する係の内線電話番号、課名、係名、職氏名が記載され、更に私印が押印されている。本欄は、旅費については総務課員が、懇談会費については会計課員が記載する。

(四) 「執行機関」欄には、執行機関名(コード番号を含む。)及び予算計上課(コード番号のみ。)が記載されている。

(五) 「年度 予算種別」欄には、予算執行年度及び事業予算か繰越予算かの区別が記載されている。

(六) 「決議番号 略科目等」欄には、執行ごとの決議順の年度通し番号及び事業の予算科目を番号で表示した略科目が記載されている。

(七) 「会計」欄には、地方自治法二〇九条による会計区分が記載されている。

(八) 「款 項 目 節 細節」欄には、地方自治法施行規則一五条による歳出予算の款・項・目・節の区分に準じた支出科目が記載されている。なお、二以上の支出科目にわたることから内訳書が添付される場合は、本欄は記載されず、内訳書に各支出科目が内訳番号欄に記載されている。

(九) 「支出負担行為支出命令日」欄には、支出負担行為年月日及び支出命令年月日」が記載されている。

(一〇) 「支出負担行為支出命令額」欄には、支出負担行為額及び支出命令額が記載されている。なお、内訳書が添付される場合は、同欄には、合計金額のみが記載され、内訳書に支出科目毎の金額及び合計額が内訳番号順(合計金額は末尾)に記載されている。

(一一) 「支払期日」等欄のうち、「支払期日」は、支払の相手方に対する支払予定年月日が記載されている。「控除(振替)額」及び「差引支払額」は、本件公文書のすべてについて記載されていない。「残額 目/事業」は、予算科目のうち目及び事業別に当該決議諸支出後の予算残額が記載されている。なお、二以上の支出科目にわたることから内訳書が添付される場合は、同欄は記載されず、内訳書に支出科目毎の予算残額が記載されている。

(一二) 「相手方」等欄のうち、「相手方」には、支払の相手方(債権者)の郵便番号、住所、名称・氏名及び債権者コードが、「支払方法」には、本件公文書のすべてについて口座振込払となっているため、支払の相手方の取引金融機関コード、金融機関名、預金種目、口座番号及び口座名義がそれぞれ記載され、「契約方法」は、本件公文書のすべてについて記載されていない。「支出区分」及び「支払内容」は、旅費については、旅行前に支払う場合にあっては、「支出区分」は概算払、「支払内容」は概算旅費、旅行後に支払う場合にあっては、「支出区分」は精算払、「支払内容」は旅費と記載され、懇談会費については、「支出区分」は精算払、「支払内容」は懇談会費と記載されているほか、実施所属等が執行機関の任意で記載されている。「摘要」は、旅費についてのみ、総括表番号という表示と番号と、整理表番号という表示と番号が記載されており、「財源」は本件公文書のすべてについて記載されていない。

(一三) 「出納機関」欄は、出納機関の職員の私印が押印されている。

(一四) 「確認入力日」は、出納機関の職員による支出命令確認の日付印が押印されている。

(一五) 前記以外の欄は、本件公文書のすべてについて記載されていない。

2  本件公文書は、財務会計証拠書類等取扱要領に基づき、県出納局が証拠書類として保管しており、旅費について三六件(内訳書が四七枚添付されている)、懇談会費について五件の公文書が存在する。

第三  争点及びこれに関する当事者の主張

一  争点

本件公文書に記録されている情報は、本件条例六条三号の非開示事由に該当するか否か。

二  被告の主張

1  本件条例の解釈上の留意点について

都道府県警察は、警察法五条、一六条の定めにより、国の公安に係る警察活動など警察庁の所管事務について、警察庁長官の指揮監督に服することになっていること、また、同法五九条により、広域的犯罪等については、都道府県警察は相互に協力する義務を負うことなど、全国的、一体的、広域的な業務遂行が求められていること、また、業務遂行過程で得られる情報のほとんどが犯罪捜査や個人のプライバシーに関するものであり、これらの情報の秘匿性は極めて高いことなど他の行政分野と異なる業務の特殊性が存在することなどを理由に、公安委員会(県警本部)は、本件条例策定の段階から非実施機関とされ、本件条例二条一項においても「実施機関」から除外されている。本件公文書は、その非実施機関である公安委員会(県警本部)が作成したものであるから、本件条例六条三号の非開示事由の審査に当たってはより一層慎重な判断をすべきである。

2  県警総務課の活動について

警察の責務は、個人の生命、身体及び財産を保護し、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ること(警察法二条一項)にあるが、滋賀県においては滋賀県警察が同県の区域につき、右責務に任ずるとされており(同法三六条二項)、運営機関として県警本部が置かれている(同法四七条一項)。県警総務課は、県警本部警務部(以下「警務部」という。)の分課として設置され、他の部課とともに個人の生命、身体及び財産の保護及び公共の安全と秩序の維持を目的とした警察活動の遂行に当たっており、実際、警察活動は、部門・職種を越えて渾然一体化しているので、県警総務課を含む県警警務部の活動は他の部門の行う捜査活動などを側面から支援し、当該捜査活動に密接に関連した兵たん的な警察活動を行っている。特に、総務課は、警察運営の最高指揮官である県警本部長や、他県への援助の要求等を行う公安委員会の事務を処理しており、警察遂行上の全情報が集中し、当然に組織の最高機密を所掌することにもなる所属である。さらに、総務課員は、事件主管所属との協議・検討などの捜査活動と連動した業務を行っているのみならず、事案によっては、犯罪捜査、警備実施等の現場活動に直接に従事することもある。

3  旅費の支出に係る決議書の本件条例六条三号該当性について

旅費は、公務のための旅行者に対して、旅行中の費用を償うことを目的として、金銭給付される性格のものであるから、その支出の状況を書面化した決議書は個々の警察活動の動静を経費の支出面から表したものということができる。

そして、右決議書に記録されている情報のうち、警察組織における警察職員の特定に関するものや支払の相手方の特定に関するものは、それが公開されると、公にしていない警察職員の氏名や受取人たる警察職員の取引金融機関名、口座番号が明らかになると同時に、その担当事務が特定され、公にしていない県警察の職員配置状況の一端が把握されるのみならず、当該職員やその家族までもが調査され、プライバシーが侵害されたり、工作襲撃等の被害を受ける可能性も生じ、職員が不安感を覚えざるを得ない事態に至るなど警察活動の推進に支障を生ずるおそれがある。たとえ、受取人の取引金融機関名や口座番号のみを公開した場合であっても、警察組織あるいは職員に対し、悪意を有する者から、右情報を利用した嫌がらせを受けるなどのおそれがある。

また、右決議書に記録されている情報のうち、支払等の時期に関するものは、それが公開されると旅費の支出時期が明らかになり、その情報のみで警察活動の頻度や量などを判断することが可能となることに加え、それらの情報がテロ・ゲリラ活動等の犯罪行為を企図、敢行せんとする者等の手により継続的・組織横断的に収集され、あるいは報道記事等、一般に得られる他の情報との意図的に関連付けられ分析されれば、警察活動の動静、手続等の具体的内容までもが、容易にかつ鮮明に把握されることになる。これにより警察責務を達成するため完璧を期している秘密の対策が無に帰してしまい、犯罪企図者等による警察組織・職員に対する攻撃、妨害、牽制、圧力あるいは違法行為の中断・変更等の行動が行われることが想像に難くない。更に個々の警察職員の動きを追跡し、確認することにより、警察活動の生命線ともいうべき協力者の人定さえも把握されかねないという事態まで懸念される。

さらに、右決議書に記録されている情報のうち、支出の金額に関するものが公開されると、旅費支出に関する支出金額が明らかになり、金額の多寡により、活動量、活動頻度、活動区域の遠近等が推測されることとなり、それだけで、また、他の情報との意図的に関連付けることで、警察活動の動静、手続等の具体的内容までもが、容易にかつ鮮明に把握・分析されることになる。

右の各情報は、本件条例六条三号に該当するものであるから公開すべきでない(なお「決議番号」や「支出確認入力日印」についても、これらにより旅行日を概ね推測し得ることからすると、公開すべきでない)。

4  懇談会費の支出に係る決議書の本件条例六条三号該当性について

懇談会費は、警察目的達成のために、警察本部長等と県警の協力者との間の意見交換や情報収集等のための懇談に要した経費であるから、その支出の状況を書面化した決議書は、協力者との懇談状況を明らかにしたものであり、警察活動の一部を経費の支出面から表したものといえる。

そして、右決議書に記録されている情報のうち、警察組織における警察職員の特定に関するものは、3と同様のおそれがある。支払の相手方の特定に関する情報についても、個々の懇談会費の受取人たる契約の相手方及び当該懇談会費に係る懇談会の開催場所が明らかになり、これらが明らかになれば、当該受取人ないし開催場所が警察に協力的であるとして、警察に敵対する人物・団体からの標的となり、圧力や妨害、従業員らに対する工作がなされることが予想され、懇談内容自体が密かに傍受されたり、懇談中の出席者が直接攻撃されるおそれもある。そうなれば、これまで秘匿を前提として協力を得ていた警察情報提供者等の関係者に多大の不安感を生じさせ、あるいは、同人らに対する嫌がらせ等が懸念され、今後の協力が得られなくなるおそれがある。

また、本件決議書に記載された懇談会費の支出時期、支出金額等の情報が明らかになった場合、単独であっても懇談会の実施時期、実施規模、利用施設、出席概数等が判明することとなり、他の情報との関連付けや工作により、相手方出席者まで推定可能となるものである。このため関係者や関係施設への工作妨害、襲撃、嫌がらせ等が懸念されるところであり、協力者の絶対的な保護という観点からも公開することにより支障が生じ、同人らの協力を得られなくなるおそれがあることが予想される。

5  県警本部の意見の考慮について

事務取扱要領第三の三の(5)のイにも表れているように、本件条例において公開請求に係る文書の公開、非公開は、当該文書を作成した機関がその権限と責任において判断すべきであり、判断の誤りをなくすためには、その内容を熟知している当該機関の意見も最大限に尊重されなければならない。

県警本部の意見は、概ね前記2ないし4に述べたところと同様であり、被告は、同意見を考慮して、本件条例六条三号に該当すると判断したのである。

6  部分公開について

本件条例七条は、非公開部分以外の部分を分離して公開するのでは公開請求の趣旨を損なう場合には、全面非公開し得ることを認めていると解される。

本件公文書に記載されている情報のうち、警察組織における警察職員の特定に関する部分、支払の相手方の特定に関する部分、支払等の時期に関する部分及び支出の金額に関する部分すべてを除いた部分を公開することは、公開請求者の公開請求の趣旨を損ない、もはや意味のある公開ということはできないから、全面非公開とした本件決定は適法である。

三  原告

1  本件条例の公文書公開についての基本理念は、県の保有する情報を原則的に公開すべきことにある。右基本理念から、非公開の処分をする場合には、本件条例六条各号の支障が生ずるおそれを個別具体的に挙げるべきである。

本件条例においてもできる限り公開するように解釈すべきである。

2  本件公文書は、県警総務課の旅費及び懇談会費に関するものであるが、県警総務課は警察活動に密接に関わっているとはいえない。また、いずれも経費関連の簡単な会計文書であって、様式も定まったものであり、記載内容も、金額、日時、場所、懇談の相手方の氏名及び役職、警察職員の氏名及び役職など外形的記載にとどまっており、これらから、旅行や懇談会の目的、出席人数、実施日などの内容等が推察できるわけではない。本件公文書を公開することにより、暴力団やテロ組織等の脅迫や嫌がらせを惹起させることはなく、無用の憶測というべきである。

3  仮に、県警総務課の課員が被告が主張するように警察活動を側面から支援する兵たん的役割あるいは公安委員会の事務を処理する等が主たる業務であり、しかも時として犯罪捜査等にも直接従事するものであるとしても、本件公文書からはその区別さえ容易に判別しがたい。

4  協力者との関係でも県警総務課の業務からすれば、警察関係者や官僚、公務員もあり得、これらについては非公開の理由がない。

5  旅費に係る決議書に記録された警察組織における警察職員の特定に関する情報や支払の相手方の特定に関する情報であっても新聞等で公開されている場合があるので、このような場合については公開しても支障はない。

6  受取人の取引金融機関や旅費の時期や金額が明らかになっても何ら具体的な支障はない。その他の情報と合わせても攻撃の対象や妨害行為の対象にはなることはない。

7  むしろ本件公文書を公開しなければ、県民の警察に対する信頼が確保できなくなり、かえって公共の安全と秩序維持が図れなくなる。

8  たとえ、被告が主張するように本件公文書に本件条例六条三号に該当する部分が存するとしても、条例の基本理念が原則公開であることからすると、その部分を除いて、部分公開すべきである。

第四  当裁判所の判断

一  本件条例六条三号は前記のとおり定められているが(第二の一の5)、その趣旨は、公共の安全と秩序の維持を確保する観点から定められたものであり、同号に該当する情報を公開すれば、情報提供者、被疑者等の個人の生命、身体、財産等の保護又は犯罪の捜査等の遂行等が困難になるので、これを防止することにある(乙一)。

かかる趣旨からすると、同号にいう「犯罪の予防または捜査に支障が生ずるおそれのある情報」とは、犯罪行為の発生を未然に防止する活動や犯罪の捜査が、阻害されたり、効率的に行われなくなるおそれがあるものとされ、また、「その他公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報」とは、平穏な市民生活、社会の風紀等に対する障害を除去する活動等が阻害され、または効率的に行われなくなるおそれがある場合等をいうものと解すべきである(乙一)。

二  ところで、県警総務課は、県警察の組織に関する規則において県警警務部の分課として設置され、平成七年当時、同課の分掌事務は、「公安委員会の庶務に関すること」、「機密に関すること」、「本部長の秘書に関すること」、「県議会、報道機関その他関係機関との連絡に関すること」、「広報に関すること」、「音楽隊に関すること」、「公安委員会委員長及び本部長の官印並びに公安委員会及び警察本部の庁印の保管に関すること」とされており(乙二一)、警察運営の最高指揮官である県警本部長や他県への援助の要求等を行う公安委員会の事務を処理していることからすると、警察活動を遂行する上の重要な情報が集中する所属であるということができる。また、警察が警察法が規定する責務を果たすため一体として警察活動に従事していることにかんがみれば、県警総務課を含む県警警務部の活動においても他の部門の行う捜査活動などを側面から支援し、当該捜査活動に密接に関連した警察活動を行っている部分があるということができる。

県警本部は、平成七年中に、殺人を始め強盗や放火等の重要事件のほか、覚せい剤取締法違反、廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反、水質汚濁防止法違反、公職選挙法違反の各事件等合計二万件以上の事件を取り扱っており、その中には、オウム真理教団関係の被疑者の逮捕と関係資料多数を押収した事件や統一地方選挙や参議院議員選挙の違反取締事件も含まれている(乙二一)。これらの事件に県警総務課がどのように関わったかは明らかではないが、前記のとおり県警総務課の活動には、一般的に捜査活動に密接に関連した警察活動を行っている部分があることに照らすと、平成七年中の右各事件についても同課が他の部門の警察職員と連携するなどして密接な関係を有していた部分があることを肯認することができる。

加えて、警察の業務は、一般に警察規制を物理的かつ強制的に実現するものであることから、その相手方となる者の反発、反感を招きやすく、そのような反感等を持つ者やテロ・ゲリラ活動等の犯罪行為を企図、敢行せんとする者にとっては、一般市民にとっては些細な情報であるものも貴重な情報となりうるものであるとともに警察機能の上からは秘匿を要する情報が存在することも否定し得ない。

以上を考えあわせれば、本件公文書が、県警総務課の活動に関するものであるからといって、直ちに捜査活動を始めとする警察活動に関連がないものであって、本件条例六条三号に該当しないということはできず、同号に該当するか否かは、支出の内容ごとに個々具体的に検討の上、判断するのが相当である。

三  そこで、まず、旅費の支出に係る決議書の本件条例六条三号該当性について検討する。

旅費は、公務のための旅行者に対して、旅行中の費用を償うことを目的として、金銭給付される性格のものであるが、前記のとおり平成七年度中の県警総務課の活動において捜査活動に密接に関係する部分があることにかんがみると、そのような部分に関係する旅費は、捜査活動を支出面から表したものということができる(乙二一、弁論の全趣旨)。

そして、右決議書に記録されている情報のうち、警察組織における警察職員の特定に関するものや支払の相手方の特定に関するものは、それが公開されると、公にされていない警察職員の氏名や受取人たる警察職員の取引金融機関名、口座番号が明らかになるとともに、その担当事務が特定されることになり、その結果、これにより公にしていない県警察の職員配置状況の一端が把握され、ひいては当該職員やその家族までもが調査され、プライバシーが侵害されたり、工作襲撃等の被害を受ける可能性も生じ、職員が不安感を覚えざるを得ない事態に至ったり、また、受取人の取引金融機関名や口座番号のみを公開した場合であっても、警察組織あるいは職員に対し、反感等を有する者から、右情報を利用した嫌がらせを受けたりするなど平穏な市民生活、社会の風紀等に対する障害を除去する警察活動等が阻害され、または効率的に行われなくなるおそれがあることを否定できない(なお、原告は、新聞等で警察職員に関する情報が公開されている点を指摘するが、新聞等には、右情報の一部について右おそれがない限度で公開されているにすぎないことが窺われるから(弁論の全趣旨)、本件公文書における警察職員の特定に関する情報の本件条例六条三号該当性の有無を何ら左右するものではない。)。

また、右決議書に記録されている情報のうち、支払等の時期に関するものや支出の金額に関するものは、それが公開されると、犯罪を企図する者などの手で、それらの情報を他の情報と関連付けた上で分析・総合するなどして、旅行日、旅行先、旅行の目的等捜査活動を遂行する上で秘匿されなければならない情報を把握され得ることになり、警察組織・職員に対する攻撃、妨害、牽制、圧力あるいは違法行為の中断・変更等の行動が行われるなど、犯罪行為の発生を未然に防止する活動や捜査が、阻害されたり、効率的に行われなくなるおそれがあるものということができる。

以上の観点からすると、警察組織における警察職員の特定や支払の相手方の特定に関する情報、すなわち、「命令機関」欄、「合議先」欄、「相手方」等欄のうち「相手方」、「支払方法」、「出納機関」欄及び支払等の時期や支出の金額に関する情報、すなわち、「起案」欄のうち「年月日」、「支出負担行為支出命令日」欄、「支出負担行為支出命令額」欄、「支払期日」等欄のうち「支払期日」、「残額 目/事業」、「確認入力日」の各記録、内訳書が添付されている場合は内訳書の全記録は本件条例六条三号に該当する情報を含むものということができ、これらを公開しないという範囲で本件決定は適法というべきである。

しかしながら、その余の部分、すなわち、「執行機関」欄、「年度 予算種別」欄、「決議番号 略科目等」欄、「会計」欄、「款 項 目 節 細節」欄、「相手方等」欄のうち「支出区分」、「支払内容」、「摘要」の各記録は、これらを公開しない理由はないというべきである。

なお、被告は、本件公文書に記載された情報のうち、警察組織における警察職員の特定に関する部分、支払の相手方の特定に関する部分、支払等の時期に関する部分及び支出の金額に関する部分を除いた部分を公開することは、公開請求者の公開請求の趣旨を損ない、もはや意味のある公開ではないから、全面非公開とした本件決定は適法である旨主張するが、本件において、右部分を公開するとしても原告の公開請求の趣旨を損なうとはいえないから、右主張は採用できない。

四  次に懇談会費の支出に係る決議書の本件条例六条三号該当性について検討する。

懇談会費は、警察目的達成のために、警察本部長等と県警の協力者との間の意見交換や情報収集等のための懇談に要した経費であるが、これは食糧費の一部として支出され、支出科目上は、需用費の節に含まれるものと解される(甲六、乙二一、弁論の全趣旨)。

そして、右のとおりの懇談会の目的、性格に加え、原告からなされた平成一○年一〇月一四日付けの平成九年度及び平成一〇年度分直近の県警本部の需用費に係る支出負担行為兼支出負担命令決議書等の公開請求に対し、被告は、同年一一月二〇日付けで、職員及び資金前渡吏員の職名・氏名・印影・口座番号、取引金融機関コード・金融機関名預金種目・口座番号及び口座名義、支払内容に関わる情報のうち犯罪捜査等に密接な関連を有する支払の相手方の情報(郵便番号、住所、債権者番号、氏名)、支払内容に関わる情報のうち犯罪捜査等に密接な関連を有する支払内容、支払内容に関わる情報のうち犯罪捜査等に密接な関連を有する支払金額を非公開部分とする部分公開決定をしたこと(甲五)をも考え合わせれば、右懇談会が平成七年度中の県警総務課の活動において捜査活動に密接に関係する部分があることに考慮しても、右懇談会費の支出と捜査活動との関連は薄いものといわざるを得ない。

そこで、個別に検討すると、右決議書に記録されている情報のうち、警察組織における警察職員の特定に関するものについては、旅費の場合と同様のおそれがあり、また、支払の相手方の特定に関するものについても、個々の懇談会費の受取人たる契約の相手方及び当該懇談会費に係る懇談会の開催場所が明らかになり、これらが明らかになれば、当該受取人ないし開催場所が警察に協力的であるとして、警察に敵対する者の標的となり、圧力や妨害、従業員らに対する工作がなされることが予想され、ひいては秘匿を前提として協力を得ていた警察情報提供者等の関係者に多大の不安感を生じさせ、あるいは、同人らに対する嫌がらせを受けたりするなど平穏な市民生活、社会の風紀等に対する障害を除去する警察活動等が阻害され、または効率的に行われなくなるおそれがあることを否定できない。

しかし、他方、右決議書に記録された情報のうち、支払等の時期に関するものや支出の金額に関するものは、それが公開されたとしても、前記のとおり、懇談会費の支出と捜査活動との関連が薄いことに照らすと、このために関係者や関係施設への工作妨害、襲撃、嫌がらせ等がされるおそれがあるとまではいえない。

以上の観点からすると、警察組織における警察職員の特定や支払の相手方の特定に関する情報、すなわち、「命令機関」欄、「相手方」等欄のうち「相手方」、「支払方法」、「出納機関」欄は本件条例六条三号に該当する情報を含むものということができ、これらを公開しないという範囲で本件決定は適法というべきである。

しかしながら、その余の部分、すなわち、「起案」欄のうち「年月日」、「執行機関」欄、「年度 予算種別」欄、「決議番号 略科目等」欄、「会計」欄、「款 項 目 節 細節」欄、「支出負担行為支出命令日」欄、「支出負担行為支出命令額」欄、「支払期日」等欄のうち「支払期日」、「残額  目/事業」、「相手方等」欄のうち「支出区分」、「支払内容」の各記録は、これらを公開しない理由はないというべきである。

五  よって、本件決定のうち、本件各決議書の記録中主文一に掲記した部分を開示しないとした部分は違法というべきであるが、その余の部分を開示しないとした部分は本件条例に反するものといえないから、前者についてはその限度で原告の請求を認容し、後者については、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神吉正則 裁判官 末永雅之 裁判官 後藤真孝)

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